樋口一葉に学ぶ “厭う恋”
自分はいませんか?
先に書いたブログの中の “吉原遊廓” というフレーズに
樋口一葉の『たけくらべ』を読みたくなりました
これは、とても美しいものがたりですよね
いずれ、遊女となる美登利と いずれ、僧侶となる信如の
淡い初恋ものがたり
この二人は、まわりから仲を冷やかされ急に口がきけなくなってしまう
あるある こういうこと思春期には (#^.^#)
ある日、信如が美登利の家の前で下駄の鼻緒を切ってしまう
美登利は、恥らいながらも紅の友禅の端切れを信如に向かって投げるが
信如は、これを受け取らずに去って行く
この残された紅の端切れが、なんともいじらしい (#^.^#)
お互い素直になれず、ギクシャクとした関係のまま
信如が僧侶の学校へ入る日がくる
その朝、信如は美登利の家の窓に一輪の水仙を置いていく
この一輪の水仙というのが、切なく美しい
大人になったら、決して交わることのない人生を送る二人
本人たちも、恋とは気づいていない幼い恋のものがたり
って、ピュアでいいよね (#^.^#)
樋口一葉という人は
時代がそうさせたのかもしれないが
自分の想いのままに突き進むことができない
恋愛に不器用だった人
小説の師である半井桃水へ想いを寄せながらも
好きだからこそ、素直になれず
好きだからこそ、疑念を抱いてしまう
なんだか分かるわ 私も間違いなく素直ではないから (´∀`*)
桃水のもとを離れ、桃水への想いを
すべて書くことへのエネルギーへと昇華させた人
鉄幹のもとへ走り、鉄幹への強い想いを歌にした
情熱の歌人 与謝野晶子とは対照的な女性
と、私は思うのですが (*^_^*)
ただ、一葉が一年数か月という短い作家活動で
あれ程の秀作が残せたのは
桃水への “厭う恋” があったからこそ
桃水への想いを綴った
『みぐるしく、にくく、うくつらく、浅ましく、かなしく、
さびしく、恨めしき、厭う恋こそ、恋の奥なりけれ』
“一葉日記” より
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